東京高等裁判所 昭和50年(う)1999号 判決
被告人 上野元男
〔抄 録〕
これを本件について見るに、被告人の弁護人は、公判期日の直前になって本事件を受任したものであることは同情できるとしても、前橋地方裁判所高崎支部に係属している他事件の期日がすでに指定されていることの疎明をせず、かつ同支部に期日変更の申請をなし得ない事情等を明らかにすることもしないで、漫然、原裁判所に公判期日変更の請求をしたものであって、これを却下した原裁判所の措置は相当であったとしなければならない。
しかしながら、本件のような必要的弁護事件でない事件において、弁護人が公判廷に出頭しない場合、裁判所が、弁護人の右不出頭を立会権ないし弁護権の放棄とみなして弁護人不出頭のまま公判廷を開廷し訴訟手続を進めるか、はたまた公判を開廷しないで或いは開廷したのち手続を途中で打ち切り、弁論を次回に続行するか、然らざれば職権で国選弁護人を選任したうえ、訴訟手続を進めるかは、それが法令によって認められた弁護人固有の権利を奪い、ひいては私選弁護人をわざわざ選任した被告人の意図に反して、弁護人不出頭による不利益を被告人に帰せしめる結果となることに鑑み、弁護人の立会権ないし弁護権のうち手続の進行により奪われることとなる個々の権利の重要性、弁護人不出頭の理由、事件の軽重・難易、事件審理の進行に対する被告人側の態度、事件審理の進行の程度及び公訴事実に対する被告人側の認否等諸般の事情を慎重に考えあわせて決定すべきであって、事件の審理を急ぐあまり、簡単に期日への不出頭は弁護人が自らの職責を尽さなかったものと断定し、弁護人の不出頭をもって弁護人がその固有の立会権ないし弁護権をすべて放棄したものとみなすことは許されないというべきである。
本件において原裁判所は、結局、最終陳述権を含む弁護人の立会権ないし弁護権が放棄されたものとみなしたわけであるが(右最終陳述権は、その要旨が公判調書の必要的記載事項とされていることからも明らかなごとく、被告人を防禦するために弁護権のうちでもとりわけ重要な権利である)、前認定の事実から窺われる以下の事情、すなわち、弁護人は、昭和五〇年八月二五日、前橋地方裁判所高崎支部の他事件の期日に現に出頭し、そのため同日の本件第三回公判期日に出頭できなかったこと、被告人側は本件公訴事実を第一回公判期日以来争ってきていること、被告人側は、右期日に至るまで、原裁判所の事件審理に協力し、ことさら審理の引き延ばしを図った形跡は窺われないこと(この点、検察官は、その答弁中で、公判期日が切迫した時期において、弁護人を辞任するがごときは、裁判所の審理促進に非協力であるばかりか、訴訟の進行を妨げるためになされたものとも解釈されないことはない、と主張する。確かに、弁護人降矢艮、同岡島勇が期日に切迫して辞任したことはその主張のとおりであるけれども、その辞任にいかなる理由があるやも知れず、そのことをもって直ちに被告人が訴訟促進に非協力的であるとか訴訟引き延ばしを図るものと速断することはできない。)、本件審理の最終期日である第三回公判期日までは専ら検察官の申請による証拠のみの取調がなされ、右期日ののちなお二回の公判期日が予定されていたこと、右第三回公判で被告人は公判開廷に格別異議を述べなかったが、そのこと故に弁護人不出頭の不利益を被告人に帰せしめるのは、法律実務に疎い素人の被告人にとって酷に過ぎ、且つ、せっかく私選弁護人を選任した被告人の本意にも悖ることなどの諸事情に徴すれば、右不出頭により弁護人が最終陳述権までも放棄したとみなすのは早計であって、原裁判所が、公判期日を変更することなく第三回公判を開廷し、弁護人不出頭のまま、前示のように証拠調を行なった点の是非はともかく、少なくとも、弁護人において最終陳述権を、ひいて弁護人の立会権ないし弁護権を放棄したものとみなして、弁論を終結し、判決を宣告した点は、明らかに弁護人の弁護権行使を不法に制限したものであって、右訴訟手続の違法は判決に影響を及ぼすこと明白であるといわねばならない。
(相澤 大前 油田)